「AIに負けない子供を育てる」という観点が気に入りました。エコノミスト8月28日号(第96巻 第33号 通巻4564号 82~84頁)に下記の記事が掲載されていました。
◇「ゴリラ力と読解力を持とう」 新井紀子(国立情報学研究所教授)
◇「周りの意見に合わせる必要はない」 浜田宏一(エール大学名誉教授、内閣官房参与)
◇「好奇心の芽を摘まない環境づくり」 柳川範之(東京大学大学院教授)
── 今の日本の教育の現状はどうなっているか。
新井 私は、教科書や新聞から抜き出した150字未満の非常に短い文を読んで、そこに書かれている意味を選択する「リーディングスキルテスト」を開発した。そして、全国の中学生や高校生約5万人を対象に実施したところ、中学生の3分の1程度は、ほぼ教科書の読み方が分からない状態で中学校を卒業していることが分かった。今の問題集は私たちの時代に比べて解答部分の厚みが何倍にもなっている。私たちの世代は、答えが間違っていると、自分の証明や計算のどこが間違っていたのかをチェックした。だが、今の中学生や高校生はそれができない。そのため、解答部分を懇切丁寧にしてしまう。ある大学教授が数学の問題が分からなかった時にどのくらい悩むかを大学生に聞いたところ、1分や2分という回答が多かったという。昔は1日や2日は考えていたと思うが、悩むことに耐えられなくなっている。自分がどのように勉強して分かった状態になったのかが分からなくなっており、それは東大でも増えていると思う。
── 東大の現場で教えていてもそう感じるか。
柳川 全体としてはそういう傾向があると思う。自分で苦労してリポートを書かなくても、グーグルで検索するとそこそこの内容のものが出てくるので、それを適当につなげればそれなりのリポートになる。新井さんの言うように、あまりにもお膳立てされ過ぎていて、自分で悩んだり、考えたりしなくなっている。選択式やマークシートの問題で使う思考パターンで、文章の中身が分かっていなくても、それに近い単語の入っている選択肢を選ぶと、正解率が高くなることも影響している。これは文章読解ではなく、極めてテクニカルなAI的な頭の使い方だ。ここで言うAIは複雑なことを解析しているものではない。
浜田 東大の大学院生に話をした後、学生から「講演の要点は何ですか」と聞かれて驚いた。記憶力や計算力、偏差値を重点とする今の教育で大丈夫なのだろうか。ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン・シカゴ大学教授の研究では、4、5歳の幼児教育をちゃんと受けた人を生涯にわたって追跡調査すると、健康や協調性、リーダーシップにも恵まれ、立派な社会人になっている。2019年10月に予定されている消費増税の財源の一部を、財政再建ではなく教育に使うのは必要なことだと考えている。◇正解のない答えを探す
新井 教育や子育ては労働集約的なもので、最後まで機械では代替できない部分だと思う。経済産業省が多額の予算を投入しているIT技術を活用した「エドテック」の問題点は、計算や漢字ドリルを答え合わせも含めてデジタル化するような低レベルの教育と、有名な先生の授業をタブレットで見られるという高度な教育の二極に分かれ、その間をつなぐことができないことだ。ドリルのデジタル化だけでは論理的な思考力が身に着かない。そのような教育を受けた人たちが、米ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の授業を聞いても意味がない。それを「エドテック」という一つのキーワードでやろうとしていることに、論理的な不整合性がある。
人を育てることはどうしても労働集約的になるので、浜田先生が言うように、そこにこそ予算を振り向ける必要がある。先生の待遇を良くして、先生が自ら勉強してどんな授業をすると読解力や推論力が上がるのかを研究できるような時間を与えるべきだ。子供が減っているから先生も減らすというのは間違っている。
柳川 AIどころか、これまではパソコンや計算機でできるような能力をひたすら身に着けてきた面が大きい。全く計算能力がないのはだめだが、3ケタの掛け算の間違える確率を低くすることが本当に必要とされているのか。自分が何を考え、生活や仕事に生かすポイントを見つける能力が必要になる。多くのビジネスマンはこういう能力が必要と感じているが、その能力を身に着けさせる教育ができていない。伸ばさなければいけないのは正解のない答えを探す能力だが、主観が入ってくるので採点がすごく大変だ。そういう問題を大学入試で作れるかは悩ましいが、入試のあり方を考え直す必要性を感じている。◇男女共同の方が高い生産性
── 日本と米国の教育の違いは。
浜田 日本では、暗記や計算が得意な人が学校で好成績を収め、官庁や大企業に入ってエリート層を構成してきた。私も従来の教育の利益の享受者だが、今後は通用しないと思う。暗記や計算が得意な人が想像力もリーダーシップも高い傾向があっても、その相関は完全ではない。実際に想像力や高度な能力がある人が、偏差値が低いために「自分はバカだ」と思ってしまうことが、今の日本にマイナスに働いている。AIで代替されるような職業の賃金は上がらないので、物価も上がりにくくなっている。偏差値を重んじすぎると、AIに淘汰(とうた)されやすい人間ばかりつくってしまう。
米国のビジネススクールでは、上司と意見が違っても、それをいかに上手に伝えるかを教えている。だが日本では他の人と自分の意見が違っても、皆の意見が一致したように見せる訓練をしている。米国の大学教育の良さは多様な意見を認め、活発な議論がなされることだ。
新井 私は米国の田舎にあるイリノイ大学で学んだ。ハーバードやプリンストンなどの名門大学に行けば、答えのないことに対して活発な議論がされているのは間違いないが、それはごく一部で、必ずしも日本の教育が詰め込みで、米国に劣っているとは考えていない。ただし、浜田先生が言う多様性が生産性を高めることを示すデータがある。日本政策投資銀行が特許を発明した企業の時価総額や引用論文件数などを基に算出した「特許の経済価値」は、男女共同で進めた特許が男性のみの約1・5倍だった。男女だけでなく、多様な境遇の人でつくった特許の方が、生産性が高いことを示している。
浜田 日本の教育は学生の多様性を抑圧している。学びの源泉は知的好奇心だ。最近は通信教育が再評価されている。私は作曲が好きだったが、親に「音楽は趣味にせよ」と言われ10代の時に東京音楽学校(現東京芸術大学)の通信教育で作曲を勉強した。80歳を過ぎて自作の童謡のCDを発表するなど、音楽は人生を豊かにしてくれた。通信教育を受けていた柳川先生の意見も聞きたい。
柳川 銀行員だった父の転勤のため、日本の中学校を卒業後、ブラジルやシンガポールで過ごした。現地の高校には通わずに独学で大検(現高校卒業程度認定試験)を取って、慶応義塾大学の通信教育課程で学んでいた。一般的なルートを歩まなかった自分の経験を踏まえて今の日本の教育で感じるのは、皆と同じエスカレーターに乗っていないと駄目だと思う傾向が強いことだ。実際は学びのスピードは人によって違う。大学では、半期の授業で、半年後の試験で点数が取れないと落第。でも、その人は半期では10点しか取れないが、1年後には90点が取れるかもしれない。これは教える側の時間の都合だが、もったいないことで、もう少し多様なパターンがあってもいい気がする。浜田先生が言っていた好奇心も学びのエンジンになる。好奇心の芽を摘まないよう、面白いと思えることをやれる環境づくりが大事だ。関心のあることを聞くと、答えられない子供が増えている。◇遊びで発想力を生む
── AI時代に必要な教育とは。
新井 柳川先生が通信教育で成功したのは、読解力があったことと、ブラジルやシンガポールなどでいろいろなリアルな経験をしたことにあったと思う。AI時代に必要なのはこの二つだ。学校や個別指導塾で手取り足取り教えると逆効果だと思う。
一番重要なのは、人が強く欲することにあり、それが需要を生み出す。AIが提案した商品の中から選ぶということをやっていると、どんどん物価が下がって多様性は失われ、経済は縮小してしまう。AIが提案する中に解がないわがままな消費者になることが経済が発展する上でも重要になってくる。私は人間になる前にゴリラになりましょうと言っている。ゴリラは自分の欲求が強いが、サルと違って仲間に分け与えることもできる。ゴリラ力と読解力があれば、人としてAIに負けない。
柳川 遊ぶモノがなかった昔は、空き地に落ちている棒で何をして遊ぶか考えた。今の子供にも、遊び道具がないところに連れて行って、遊びを考えさせることが必要かもしれない。AI時代にはその能力がますます重要になっているにもかかわらず、今の子供が置かれている環境では、思いがけないものを結びつける発想が出てこない。
── AIは人間を超えるのか。
新井 私はAI技術を使った「ロボットは東大に入れるか」(東ロボくん)プロジェクトをやったが、東大に合格するレベルにはならなかった。現状のAIにより、ホワイトカラーがすべて代替されるというような状況にはならない。
囲碁や将棋のようにルールがはっきり決まっていて、手段が限られている枠組みの中では、AIは人間に勝る。だが、例えば、写真を見せてこれは何かということを当てる際、これはコップだという「教師データ」が必要になる。教師データは人間が教え込んでいるものであるから、その精度が人間の判断を超えることはできない。
浜田 今後の教育を考えるうえで、AIにできることとできないことを一つ一つよく考えないといけない。今日は大変エキサイティングな話ができてよかった。
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■人物略歴
◇あらい・のりこ
1962年東京都生まれ。一橋大学法学部、米イリノイ大学数学科卒業。同大学大学院数学研究科単位取得退学。97年東京工業大で博士号(理学)を取得。2006年から現職。著書に『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』『ハッピーになれる算数』など。
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■人物略歴
◇はまだ・こういち
1936年東京都生まれ。58年東京大学法学部、60年同大学経済学部卒業。東京大学教授、米エール大学教授、内閣府経済社会総合研究所長などを経て現職。著書に『国際金融の政治経済学』『アメリカは日本経済の復活を知っている』など。
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■人物略歴
◇やながわ・のりゆき
1963年埼玉県生まれ。88年慶応義塾大学経済学部通信教育課程卒業。93年東京大学大学院博士課程修了。経済学博士。東大助教授などを経て2011年より現職。著書に『法と企業行動の経済分析』『東大教授が教える独学勉強法』など。