読売9月15日の記事です
◇ニュースの門 (水)消費税
消費税込みの価格を表示する「総額表示」の義務化が4月に始まって、間もなく半年を迎える。税込みの表示だけで済むのに、スーパーやコンビニなどでは今も税抜き、税込みの値札をよく見かける。ちょっとした混乱の原因にもなっているのだが、なぜ併記が多いのだろう。
◆「213.84円」小数点以下切り捨てでも…
コンビニ「セブン—イレブン千代田二番町店」(東京都千代田区)を8月に訪れた。商品棚の「金のカフェラテ ノンスウィート(240ミリ・リットル)」の値札にはこう書かれていた。
「¥198 (税込¥213.84)」
税抜き価格が198円で、食料品の一つで軽減税率8%が適用されるため、税込み価格は213円84銭になる。さて、実際に支払う額は? セブン—イレブンでは小数点以下を切り捨てるため、213円だった。84銭分、得をしたことになる。
ところが、カフェラテを二つ買う時はどうか。213円×2=426円かと思いきや、実際には427円で、1円多い。計算方法がこうなっているからだ。
〈1〉税抜き価格198円×2=396円
〈2〉396円×1.08=427.68円
セブン—イレブンは、税抜き価格を合計した後にまとめて税率をかける方が、加盟店にとっての負担が軽減されると説明している。「税抜き管理」と呼ぶ考え方だ。こうした小数点以下の表記は、セブンだけでなく他の小売店でも見られる。
仮に「税込み213円」だけの表示なら、「2個で427円」の違和感がより大きくなりそうだ。税抜き、税込み価格の表示は複雑だが、税額を正確に示し、より丁寧な説明だとも言える。
◆税込み重視
ところで、消費者は二つの価格のどちらをより重視しているのだろうか。
調査会社ネオマーケティング(東京)は総額表示が義務化される直前の3月、1000人を対象にウェブアンケートを実施した。税抜き1万円、税込み1万1000円の商品の望ましい価格表記について、「1万1000円(税込み)」が51.2%で、「1万1000円(税抜き1万円)」の22.2%を大きく上回った。税込み価格だけが分かればよいと考える人が過半数を占めた。
しかし、小売店では価格を併記するケースが多い。背景には、売り上げへの影響に対する警戒感がありそうだ。
◆税込みに小数点「負担の重い情報」
横浜市立大の中園善行・客員准教授は、2013年10月の前後1年間で、価格表示が小売店の売り上げや消費者の行動に与える影響について分析した。税抜き価格のみの表示を特例で認める法律が施行された前後の時期だ。スーパーやドラッグストアなど5000店の売り上げデータなどをもとに分析した結果、値札が税込み表示だけの店舗の販売数量は、税抜き価格だけの店舗に比べて約3%落ち込んだという。
中園氏はこの現象について、経済学の「合理的不注意」という理論を用いて説明する。人間が情報を処理する際、自身への負担が重いとその情報を無視することが合理的な判断になるとの説だ。税込み価格が整数ならまだしも、小数点以下になると、消費者にとっては「負担の重い情報」になるという。
中園氏は「店で商品を選ぶ時点では、税抜き価格は税込み価格より安くて分かりやすいため、消費者が目を向けやすい」と指摘する。
米国でも同様の研究がある。米ハーバード大のラジ・チェティ教授らが09年に発表した論文によると、一定の期間にスーパーのヘルスケア商品の一部に税込み表示の値札をつけたところ、販売が平均で8%減った。
小売店には、こうした消費者の傾向が念頭にあるのかもしれない。
〈MEMO〉
◆総額表示義務 4月に復活
政府は1989年に3%の消費税を初めて導入した当時、価格表示について税抜き価格と税込み価格の両方を認めた。ただ、実際の支払額が分かりにくいとの指摘を受け、2004年4月から総額表示を義務づけた。
消費税率を8%に引き上げる前年の13年10月には「消費税転嫁対策特別措置法」が施行され、再び税抜き価格の表示を認めた。当時は15年に10%に引き上げる予定で、短期間に2回の増税を行うことによる値札の貼り替えなどの負担に配慮した。
しかし、引き上げは2度にわたって延期され、税抜き表示を認める特例は今年3月末まで続いた。19年10月に10%に引き上げられ、食料品などに軽減税率8%の適用が始まったことに伴い、今年4月に総額表示義務が復活した。
税抜き価格と税込み価格の併記が認められたことに伴い、小売店によっては税抜き価格を大きな文字で目立つようにする一方、税込み価格を非常に小さく表記した値札も見られる。あまりに税込み価格が小さければ、消費者が誤解する恐れもある。国税庁は「消費者に誤認を与える表示となる場合は、総額表示にはあたらない」としているが、明確な基準は示していない。
◇経済部 松原知基