田中先生がエコノミスト(2022.05.31 第100巻 第21号 通巻4748号 32~33頁 )で指摘
マクロ経済を通じ為替や株も左右する財政政策。「新しい資本主義」を強調する岸田政権だが、成長と分配を両立させる具体的な道筋は見えない。恒久的な財源確保に向け、税制の見直しも求められる。
今年1月の施政方針演説において、岸田文雄首相は、成長と分配の両面から経済を動かして好循環を生み出す「新しい資本主義」を改めて強調した。好循環ができれば素晴らしいが、今までできなかったことが、すぐにできるとは思えない。
岸田首相はこれまで市場原理主義が行き過ぎたと指摘するが、筆者は、日本では、市場原理が十分に働かず、むしろ政府の過剰な介入策が経済成長を阻害していると考えている。その証左がさまざまな経済対策で累増した国・地方の借金である。
コロナ対策の10万円の給付金は生活困窮者などには必要だったが、一律に給付したため豊かな高齢者などは貯金を増やし経済効果は薄くなった。昨今のガソリン価格の高騰に対応するための補助金も効果的とは思えない。
補正予算は規模ありきで編成されることが多く、そのためバラマキが多くなる。岸田政権は、2022年度予算に5兆円の予備費が計上されているにもかかわらず、年度開始早々に補正予算を編成することを決めた。借金で賄っても将来への投資につながるものであればよいが、そうはならないだろう。今回の補正は来たる参議院選挙対策だからだ。規制改革は一定程度進んだものの、福祉や農業などで岩盤規制は残っており、市場原理が行き過ぎたとはいえない。
◇「一人親の貧困」も放置
経済成長の源泉は「民間」にある。国民の貯蓄が政府ではなく、民間企業に回り投資を増やす方がより効果的ではないか。政府の役割は、市場環境を整備し、セーフティーネットを充実することにある。しかし、日本の社会保障は保険制度が中心であり、その保険に多額の一般財源を投入し、特に豊かな高齢者を助けている。日本の社会保障支出(対国内総生産〈GDP〉比)は、今や英国並みの高い水準になっているが、将来への投資につながる家族対策・職業訓練・教育への支出(対GDP比、17年)を見ると、日本は4・6%であり、独6・7%、英7・6%、仏8・3%、スウェーデン9・9%などと比べて圧倒的に少ない(経済協力開発機構統計)。一人親の貧困率は極めて高い(図)。岸田首相は分配重視を掲げるが、こうした現状は変わるのか。
これまでの経済対策や社会保障が十分成果を上げていない理由の一つは、現状の問題への分析が乏しいことにある。安倍晋三元首相の経済政策「アベノミクス」では、新しい政策が次から次へと登場する一方で、そうした政策の効果の検証はほとんどなかった。骨太の方針などの政府文書には、新規施策の導入や予算の拡充など今後の計画しか書かれていない。
政策過程が問題である。ドイツのシンクタンク「ベルテルスマン財団」は先進国の政府のガバナンス指標を開発し、各国を比較している。日本は、経済政策や社会政策のパフォーマンスが悪く、政府の能力(証拠に基づく政策形成、協議や合意形成、国民との対話など)も低い。つまり、効果のある政策を作れないから成果が上がらないのだ。
成長と分配を両立させることは簡単ではない。失敗を学習し改善するアプローチがなければ、新しい資本主義は成功しないだろう。
(田中秀明・明治大学公共政策大学院専任教授)