介護負担の格差が相続紛争に発展しがちですね。現状の解説です。
相続戦争に発展する!! 介護のきょうだい格差(週刊 週刊朝日 2018年09月28日 )
親の介護は、長男・長女や同居の子どもなど特定の人に負担が集中することが多い。親もつい、末っ子を甘やかしがち。介護をめぐるきょうだい格差を侮ってはいけない。その不満は、遺産相続のきょうだい戦争に発展しかねないからだ。親の死後、もめないための工夫をまとめた。
「あいつらには、ほとほと嫌気がさしました」
こう話すのは、茨城県在住の山下隆さん(仮名・61歳)。あいつらとは実の弟と妹。山下さんは、3人きょうだいの長男。弟と妹は二人とも東京暮らしで、それぞれ家庭がある。昨年、母(86)を亡くしたが、15年間同居して介護を担ったのは山下さんと妻だった。
「弟や妹は、年に3回帰省すれば良いほう。それも帰省のたびに、食事にお土産に、親におごってもらって当たり前でした。末っ子の妹に至っては、帰省のたびに交通費と称し毎回、お小遣いまでもらっていた。それが母の年金から出されていたことに気づいていたのだろうか。母の生活費は自分が出していたから、お小遣いを渡せる余裕があったのに……」
山下さんは、「自分は長男だから両親のそばに」と東京の大学を卒業後、茨城で就職し、ずっと両親を近くで見守ってきた。だから父親が亡くなったとき、母親が一番に山下さんを頼るのは自然な流れだった。
母親は一緒に暮らし始めた当初は、自分のことは自分でできていたが、認知症を発症。最後の7年間は壮絶なものだった。山下さんや妻をののしったり、夜中に大声を出したり、泣きわめいたりするのは日常茶飯事。山下さんは栄転だった本社転勤も介護のために断るしかなく、妻は生活費の足しにしていたパート勤めも辞めざるを得なかった。
山下さんの定年後は、二人で交代で母親の面倒を見る日々。介護で心身共に疲れ果てたころ、母親は息を引き取った。もちろん母親を亡くした悲しみは大きかったが、正直なところ「やっと終わった」という思いも強かった。
きょうだいが相続をめぐってもめ始めたのは、母親が亡くなってすぐのことだ。
「おふくろの財産は、平等に、きっちり法定相続分で分けようね」
弟と妹から、耳を疑う言葉が飛び出したのだ。長年両親をそばで見守り、認知症の母を介護した自分が、弟や妹より遺産を多めにもらうのは当然という認識は、きょうだいで共通のものだと信じて疑っていなかった。弟や妹がこれまで好き勝手に生きてこられたのは、自分が両親を見守ってきたからではないか――。
だが山下さんの思いとは裏腹に、弟や妹からは、さらに追い打ちをかけるように、こんな言葉を浴びせられた。
「お兄ちゃんは、お父さん、お母さんの一番近くにいて、一番いい甘い蜜を吸ってきたんじゃない。これまでいろいろ出してもらってきてるでしょう?」
「介護は本当にありがたいと思っているけど、その分、生活費だって出してもらってたんだろう。15年間の生活費を足したら、相当な金額だよ」■寄与分で貢献度を考慮
介護費用は母の貯金から出したが、母から生活費をもらったことは一度もない。両親が元気だったときにも、まとまった額の金銭援助を受けたことはなく、むしろ外食で両親にごちそうしたり、旅行に連れていくのは、山下さんの役割だった。それもこれも、長男の運命だと割り切り、特に不満に感じたことはなかった。
だが、こうなると話が違う。給与アップが保証されていた転勤を断り、妻はパートを辞めと、逸失利益を考え始めたらきりがない。
それを説明するも、弟も妹も聞く耳を持たない。さすがに山下さんも憤慨したが、きょうだい間で争うには、長年の介護で疲れ果てていた。妻と話し合い、相続はしぶしぶ3等分で合意。以来、弟と妹とは連絡を取っていない。
きょうだい間で、親の介護負担の不平等が生じてしまう例は、決して珍しくない。親は概して、長男、長女を頼りがちだ。身の回りの世話など介護は完全に平等に分担しにくい側面はあるにせよ、この問題がやっかいなのは、きょうだいが相続でもめるもとになりやすいからだ。過去には、親の介護の貢献度の差から、相続をめぐって法廷で争った例も見られる。
「亡くなった人への生前の貢献度を考慮せず、単に法定相続分で財産を分けるほうが、本来は不公平であるはずです」
相続に詳しい税理士の福田真弓さんは、こう指摘する。山下さんのように、自分だけが認知症の母の介護をしたのに、母の死後、遺産はきょうだいで平等に分けようと言われたら、不公平に感じるのは当然だ。民法の法定相続では、きょうだいの相続割合は平等に分割するのが決まり。ただし、生前、親の介護や事業の支援などで貢献した場合、法定相続分より多く遺産を引き継げる「寄与分」という仕組みがある。相続人が、実質的に公平な遺産分割を行えるようにという考え方から生まれた。
この寄与分を主張して、認められれば、親の介護のきょうだい格差に対する不満は解消されるだろう。ただし、認められるためには、介護が通常期待される義務ではなく、特別な貢献である必要がある。親子の扶養義務の範囲内の行為であるとされれば、寄与分が認められない。さらに、介護という貢献を、金額に換算して示さねばならない。
介護における具体的な寄与分を決める際には、介護保険の介護報酬基準が一つの目安になる。
「ただし、介護報酬基準額(日当)は、看護や介護の資格を有している専門家へ支払う報酬。そうでない人が介護をした場合は、基準額の70%程度が平均的な数値です」(福田さん)※算出の仕方は、〈寄与分算出の仕方〉(左)を参考
2007年の判例では、認知症の親の介護の寄与として、「1日8千円程度×3年間=876万円」と評価されたケースもある。
だが、主張した寄与分が認められるケースは、非常にまれ。
「介護報酬基準はあくまで一つの目安。算定根拠は法律には定められていないため、難しいのです」(福田さん)
つまりそれだけ、親の介護への貢献は測りにくい。明らかな格差があったとしても、それを証明するのが困難なため、冒頭の山下さんのように不満をのみ込んだ結果、きょうだいが決裂するケースが後を絶たないのだ。
こうしたことを防ぐには、どうしたら良いのだろうか。まずは、格差の解消を目指す方法を考えてみよう。■甘やかすことが火種を生む
きょうだい間で特定の誰かに負担が集中しがちなのは、親の子どもへの頼り方にも原因がある。親が「いずれ頼ろう」と思うのが第1子である傾向は強い。特に母親は、夫が先立ち残された場合、長男を夫の代わりとみなしてしまう。また、同居や近居の子ども、自分と相性が良い子どもを頼りがちだ。
親は精神的に特定の子どもを頼ってもかまわない。ただ、実質的な負担が誰かに集中するのは避けたほうが良い。そのためには、親は子ども全員に伝わる頼み方をすることだ。
「誰か一人に伝えるとしても“きょうだいで分担してほしい”とお願いするのが、親の務めです」
『親の介護は9割逃げよ』の著書でも知られる、ファイナンシャルプランナーの黒田尚子さんは、こう指摘する。
夫が先立ち、妻が残された場合、年金だけでは心もとないため、子どもが親へ仕送りする例は少なくない。親が子どもに経済的な援助を求めるときも「みんなで分担してほしい」という。伝えるのは特定の一人であっても、基本的には分担する頼み方をすることが大事だ。
「きょうだいの良いところは、負担を分けられるところでもあります。だから親としては、いくら特定の誰かが頼りやすくても、全員で分担できるような伝え方をすべき」(黒田さん)
やってはいけないのは、親が特定の子どもを“甘やかす”こと。冒頭の山下さんのように、末っ子だけにいつまでもお小遣いを渡すなども火種を生みやすい。老後のマネープランに詳しいファイナンシャルプランナーの深田晶恵さんは指摘する。
「親は、離れて住む子どもはたまにしか会わないからこそ、良い顔を見せようとしがち。ですがあまりに特定の子どもを甘やかしていると、他のきょうだいは良い気持ちがしないものです」
子どもの側にもできることはある。まずは、きょうだいで介護家計簿をつけること。親の介護関連で自分が出した金額は、こまめにメモしておく。レシートもとっておけば安心だ。誰がどれだけの金額を出したかがわかれば、遺産分割のときにも役立つ。
さらに、事後報告をなるべく避けること。特にきょうだいで何かを分担したいときには、前もって相談することが欠かせない。連絡はなるべくこまめに取り合えるよう、LINEグループなどを作っておくと良い。
「何かを負担したら、レシートを撮って送り合ったりと、それぞれがお金を出したり動いたりするたびに、共有し合うのも手です」(黒田さん)■どれだけ腹を割れるか
とはいえ、介護の負担を、きょうだい間で完全に平等に分けることは不可能に近い。それぞれの家庭の事情もある。格差が解消できないならば、きょうだい全員がそれぞれの負担を納得することを目指そう。
「きょうだい間で経済的な差があるのは、仕方がないこと。だから介護の負担度合いは、きちんと話し合って進めることが必須なのです」(深田さん)
介護生活に入る前に、きょうだいで親の介護をどう担っていくかを決めておくのが理想だ。このとき、誰がどのような状況なのか、誰がどの程度の介護を担えるのか、介護費用が親のお金で足りなければ、誰がいくら出すかなど、腹を割って話し合う。金融資産や年金の収入額も含め、親の所有資産も確認しておく。話し合いに親も同席できると、意向が聞きやすい。分担は平等でなくても、とにかく納得するまで話し合うことが大事だ。
「介護は長い道のりなだけあって、きょうだいがどれだけ腹を割れるかが大事。身の回りの世話などマンパワーが出せない人は、金銭面で支えるなど、助け合いの精神がないと成り立ちません」
ファイナンシャルプランナーの岡本典子さんは言う。介護の方針が決まれば、後々もめないように、最初のうちに細かいところまでルール化しておくと良い。
また、それぞれの援助額を決めるときには、自分たちの家計のキャッシュフローを紙に書き出して、説明し合うと良い。
「お金の流れは、可視化しないとわからないことも多い。それぞれが見せられる分、きちんと開示し合って話すと良いでしょう」(黒田さん)
ただし、親しき仲にも礼儀ありで、きょうだいとはいえ、互いへの配慮は不可欠だ。例えば、明らかな収入の差がある場合、収入の多いほうが、「出せないだろ?」と、低いほうが分担しない前提で話すのはNG。まずは「分担ってどう思う?」などと、相手を傷つけないように意向を探ってみる。その上で、「大変だったら無理しなくていいよ」と気遣う言葉をかける。
お互いの家計事情までさらけ出すには抵抗がある場合、生活ぶりを知るには、定期的にきょうだい間で家を行き来し合うと良い。一般に経済指標となるのは、職業や家、子どもの有無や通う学校、車など。「冷蔵庫の中身や、部屋の散らかり具合も、意外な指標になります」と黒田さん。
「家計が苦しくなると、食費から削る人が多いので、冷蔵庫を見るのは一つの手。さらに散らかっている家の住人は、家計管理がきちんとできていないことが多く、収入が多くても、出ていくお金も多い傾向です」
親の介護におけるトラブルで多いのは、きょうだいの中に、無関心で何もしてくれない人がいることだという。だが、自分の親への接し方は、将来自分に返ってくるものだ。
「子どもは、親の介護の様子を、冷静に見ているものですよ」(黒田さん)
今の親と自分との関係性は、将来の自分と子どもとの関係性と思うべし。きょうだい間で争う姿まで生き写しにならないように、手を打っておきたい。
(本誌・松岡かすみ)■〈寄与分算出の仕方〉
「介護報酬基準額(日当)×看護日数×裁量割合」
(例)
介護種別(要介護3・身体介護)
期間(2年間/730日)
裁量割合 ×0.7(70%)
5840円×730日×0.7=298万4240円
※日当5840円は、訪問介護の介護報酬基準額に基づき、療養介護報酬額を試算したもの