『スウェーデンの保育園に待機児童はいない 移住して分かった子育てに優しい社会の暮らし』 評者・新藤宗幸
2019.09.17 エコノミスト 第97巻 第36号 通巻4617号 56~57頁
◇著者 久山葉子(翻訳家、コーディネーター) 東京創元社 1500円
◇万人に無条件で権利保障 福祉先進国の保育園体験
「女性の活躍推進」と言いながら子どもの貧困、虐待が日常的にニュースとなり、保育施設の量と質に疑問が投げかけられる日本。本書は、日本人だがイタリア育ちの夫の「子どもと過ごせる時間を十分に持ちたい」との提案で、2歳の娘を連れてスウェーデンへ移住を決めた著者の体験記であるとともに、働く母親の視点から見た政治文化論である。
向かった先はスウェーデン北部のスンツヴァル。人口10万人ほどだが、国立大学も家具量販店イケアもあり活気ある街である。真冬の2010年1月から定住のための奮戦がスタート。スウェーデンでは個人識別番号を取得しないことには何ごとも始まらないが、そのための住民登録には市役所ではなく税務署に行く。
さて、定住の条件もどうにか整った。子どもの保育園(公的には「就学前学校」という)探しだ。申し込みから4カ月以内に保育園に入れることが保障されているが、通常2~3カ月かかるらしい。4月に入園できることになった。保育園から届いた手紙は簡潔で、日本のように細々とした準備用品は記されていない。入園式もない。教室は1クラスに1部屋ではなく教室の奥にアトリエがあり、年齢に応じて絵画や工作の道具がそろっている。
慣らし保育も終わり、著者の娘はまず、火・水・金の15時間を保育園に通うことになる。周りにも15時間通園の子どもが多数いた。学校庁は失業中および育児休業中の親を持つ子どもも、1歳になった時点で、1日最低3時間もしくは週に15時間保育園に通う権利があると定めている。おかげで著者はフリーランスの個人事業主登録ができたという。
保育園の生活は朝8時に始まる。食べるかどうかは自由だが朝食が出る。保育園の一日は、室内遊びと天候に関係ない外遊び。自由な発想で遊ぶ。時には近くの森の散歩。アリ塚、キノコなどを観察し、自生するブルーベリーをつまみ、帰ってくる。
本書がつづる保育園への入園条件、保育時間、園での子どもの生活など、どの側面を見ても日本と大違いであることに、著者のみならず驚きの連続だ。それは個別の園の方針ではなく、国の定める就学前学校の保育指針をベースとしている。指針は5点あるが、著者は中でも「人間には全員同じ価値がある」ことへの理解が重視されているという。
本書が描くスウェーデンの保育園が教えるのは、まさにこの点であろう。子どもばかりか親の生きる権利を保障しないことには、保育の充実はない。それを投げかけた好著だ。
(新藤宗幸・千葉大学名誉教授)
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くやま・ようこ 1975年生まれ。北欧専門の旅行会社などに勤務後、2010年、夫、娘と3人でスウェーデンに移住。現在はスウェーデン・ミステリーの翻訳のほか、日本メディアの現地コーディネーターなどを務めている。
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戦争が格差を解消するのに一番効果的だったというのは、う~~ん。
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〔書評〕『インサイド財務省』 評者・土居丈朗
2019.06.11 エコノミスト 2頁 第97巻 第23号 通巻4604号 52~53頁
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◇著者 読売新聞経済部 中央公論新社 1500円
◇「最強官庁」の凋落 克明に描写を展開
消費増税を10月に控える今、財務省はどうなっているのか。「最強官庁」と呼ばれた財務省が、第2次安倍内閣以降、影響力が衰えた姿を、本書は描いている。
本書の展開の伏線には、経済産業省官僚が安倍首相と近く、そのラインから財務省が外されている、との見立てがある。元をたどれば、安倍首相は、小泉内閣期から、消費増税を前提とした財政再建よりも経済成長を重視する「上げ潮派」だった。 ただ、もっと根深いところでいえば、安倍官邸は、民主党にすり寄った勢力を嫌う。野田内閣で、社会保障・税一体改革と銘打ち消費税率10%までの道筋を提起した財務省だけではない。菅内閣で実現した法人税減税になびいた経団連。いずれも、かつてほどの影響力がなくなったとみられている。民主党にすり寄ったが、安倍政権になる前にその会長を引きずり降ろした日本医師会は、逆に影響力が増している。経団連も、民主党政権期の会長から交代してからは、復調している。
こうした視点を踏まえて本書を読むと、財務省の今の姿がより生々しく伝わってくる。財務省が強く提案する重要政策が、安倍政権下で採用されない有り様を、人間模様とともに描いている。
消費増税の2度の延期で、財務省内に疑心暗鬼が生じ、消費増税後の景気の冷え込みは高齢化など構造的な変化によるものという従来の主張を封印し、今年10月の増税では、消費の反動減対策に協力した。対策は規律を失ったバラマキだとの批判に対しても、財務省幹部は「財政再建は大事だが、同時に財政再建だけで物事は進まない」という考え方を押し出した。
確かに、目立つ政策では財務省の主張が通らない安倍政権だが、政策の細部では財務省の言い分を採択している。所得税改革では高所得層の増税は実現しているし、社会保障費の抑制も目安通り実現している。「神は細部に宿る」とはこのことか。 財務省といえば、予算査定を担う主計局と、税制を企画する主税局に焦点が集まりがちだが、通貨外交を仕切る国際局、第二の予算と呼ばれる財政投融資や国債を扱う理財局も、本書で興味深く紹介している。
財務省の失墜は、本書で描かれた権力関係だけでなく、金利がほぼゼロで発行できる国債が政治の逃げ道になっていて、受けが悪い歳出削減や増税が通りにくいことも背景にある。デフレが終わり金利が上がると、予算編成は難しくなる。その時、財務省の真価が問われることになる。
(土居丈朗・慶応義塾大学教授)