この方の下記の指摘は正しいように思います。
日本経済の長期低迷が続き、賃金が上昇しない中、税や社会保障などの負担が重くのしかかるようになっている。だが諸外国と比較すると、実は日本の国民負担率はそれほど高くない。では、なぜ日本では税や社会保障の負担について重く感じるのだろうか。背景には、世代間格差の存在とイノベーションの停滞という構造的な要因がある。
【詳細な図や写真】主要5カ国で比べると、意外と日本の負担率は低い
●諸外国と比較すると意外な事実が分かる
私たち日本人は、仕事を持っている人の場合、所得税や地方税といった税金に加え、年金や医療など社会保障の保険料を納める必要がある。近年、こうした国民負担の重さについて強く認識する人が増えている。ネットでは「日本のような重税国家では窒息してしまう」といった意見をたくさん目にするが、諸外国と比較すると日本の国民負担率はそれほど高くない。
このように書くと、瞬間湯沸かし器のように怒り出す人がいるが、筆者は「負担率が低いので大したことはない」と主張したいのではない。むしろ筆者の見立てはもっと深刻である。諸外国と比較して負担率が低く推移しているにもかかわらず、国民の負担感は諸外国より大きいのが現実であり、日本が置かれた状況はさらに厳しいと主張したいのだ。以下ではなぜそうなっているのか、どうすれば解決できるのかついて考察していく。
メディアでは「国民負担率」という言葉をよく目にするが、実は国民負担率というのは日本独特の概念であり諸外国には存在しない。財務省が国民負担率の国際比較結果を公表しているが、これは日本だけで通用する資料である。
諸外国においては、所得税や地方税などの税金は一方的に徴収されるものなので「負担」とみなされるが、年金や医療については保険料を払っている本人が直接的な受益者であり、負担とは位置付けられていない。だが、ここでは税と社会保障の支出を国民負担とする日本式の概念で議論を進めていくことにする。
図は、国民負担(所得税と社会保障の保険料)の国民所得に対する比率を各国で比較したものである。財務省の資料ではすべての租税を含めて計算しているため、個人の生活実感とは乖離した数字になっている。したがって本コラムでは個人の所得税と地方税、各種保険料の国民所得に対する比率を計算してグラフ化した。主要5カ国で比べると、フランスとドイツが負担率が高く、日本、英国、米国は負担率が低く推移していることが分かる。
米国は説明するまでもなく世界屈指の競争社会であり、国民負担が低い代わりに政府は何もしてくれない(そもそも米国では医療は基本的に民営なので保険に入れない人は病院にかかれない)。英国はかつては「ゆりかごから墓場まで」などと言われ、福祉国家を標榜していた時代もあったが、今は米国に近い形になっている。実は日本という国は、米国並みに負担率が低い国というのが現実なのだ。
では、なぜ米国並みに負担率が低い状態であるにもかかわらず、日本人の負担感は大きいのだろうか。ヒントとなりそうのが、各国との比較という点では低いとはいえ、日本の負担率が2000年代から顕著に上昇していることである。
●負担が増えた最大の要因は年金
国民負担率の内訳を所得税と社会保障に分解すると驚くべきことが分かる。日本人の税負担は主要5カ国では突出して低く推移する一方、社会保障の負担は1990年代から一貫して上昇が続いているのだ。
実は日本の所得税率というのは、諸外国の中では著しく低いことで知られている。たしかに日本の所得税は累進課税となっており、所得が上昇すると一気に税率が跳ね上がる。日本の税制は「お金持ちを処罰する仕組み」などと揶揄されることもあるが、年収2,000万円以上の高所得の人にとって日本の税率は耐え難いほどの高さだろう。だが一方で、年収500万円以下の層に対する税率は異様に低い。
年収が400万円台の人の場合、年収に対して実際に納税されている所得税の比率はわずか1.8%しかなく、事実上、ほぼ無税に近い。地方税も同じようなものなので、足し合わせても数%である。見かけ上の所得税率はもっと高いが、サラリーマンであっても各種控除があるので、課税対象となる年収は額面よりもはるかに少ない。結果として実質的な税率はかなり小さくなる。
ウソだと思うのであれば、サラリーマンの人は自身の源泉徴収票をじっくりと眺めて見ることをおすすめする。ところが諸外国では仮に年収が低くても、ガッチリと税金が徴収される。少なくとも税金という点では日本の中間層は最も恵まれていると言って良いだろう。
一方で、毎年のように上がり続けているのが社会保障の保険料である。厚生年金の標準月額報酬に対する年金保険料の料率は、2003年には13.6%だったが、毎年のように料率引き上げが行われており、2017年には18.2%にまで上昇した。法律上は、連続した引き上げはこれでいったん終了だが、年金財政を維持するためには、今後、さらに料率の引き上げが必要とされている。日本の国民負担率が2000年代から上昇傾向になっているのは、これが原因である。
では、事実関係を整理してみよう。日本の国民負担率は諸外国と比較すると低い部類に入り、特に税金の負担は極めて低く推移している。一方で年金など社会保障の負担は2000年代以降、上昇が続いている。日本の年金は賦課方式なので、理屈上、高齢者に対する年金給付水準を維持すれば、人口が減る分だけ若年層の負担が増していく。
●「所得税・社会保障の保険料」の負担、重く感じるカラクリ
ここで注目すべきなのは、日本経済の低成長が2000年代から特に顕著になっていることである。日本は過去20年以上にわたって経済成長が実質的にゼロとなっているが、同じ期間で他国はGDP(国民総生産)の規模を1.5倍から2倍に拡大させている。つまり過去20年の間に、日本は諸外国との比較で半分から3分の2程度、所得が落ち込んだと解釈できる。
日本経済の貧困化が本格化した2000年以降のタイミングで年金財政が苦しくなり、政府は立て続けに保険料の引き上げを行った。賃金が上昇しない中、保険料の引き上げが続けば、体感上の負担感が大きくなるのは当然だろう。
こうした状況に対して、年金は受益者負担なので本質的には負担ではないといったロジックや、日本の中間層の税率は諸外国と比較して低いという「事実」を突きつけたところで、情緒的に納得させるのは不可能である。
●私たちの生活が苦しい、根本的な理由とは
日本における最大の問題は、税金が高いことでも、社会保障負担の絶対値が大きいことでもなく、2000年代以降、日本経済が成長していないことである。成長していないにもかかわらず、従来と同じ制度を維持しようとすれば、国民の負担感が大きくなるのは当たり前のことだ。
以前のコラムでは、日本は決して緊縮財政ではなく、むしろ諸外国との比較では積極財政であることについて解説した。日本は緊縮財政で景気が低迷したのではなく、景気を回復させるため積極財政に転じたものの、その効果がほとんど得ならないほど、状況が深刻というのが現実の姿である。
私たちの生活実感が苦しいのはその通りだが、その根本的な原因は日本経済が成長できていないことであり、緊縮財政や消費税・所得税などの各種税制、社会保障負担などが低成長の原因ではない。原因と結果を取り違えてしまうと、根本的に誤った認識を前提に処方箋を書いてしまう可能性があるので危険だ。
低成長の根本的な要因は90年代以降、全世界的に進んでいるデジタル化を軸にした産業シフトに日本が乗り遅れていることや、社内に過剰雇用を抱えていることである。ITを活用した合理化を進め、余った人材を新しいサービスに投入すれば、国民全体の所得が増え需要が拡大し、やがては賃金の上昇につながってくる。
日本では税制や景気対策など、政府の政策が経済成長を決めると考える人が多いが、経済学的には正しい認識とは言えない。その国の経済を決めるのは、国民の経済活動であって、政策はそれを側面支援する役割に過ぎない(もし政策によって経済を決められるのなら、社会主義型の計画経済にすれば問題はすべて解決するはずだが、現実はそうではない)。
生活が苦しいという現状を考えると、減税など手っ取り早い方法に関心が集まるのは仕方ないが、本当に問題を解決するためには、地道な努力以外に方法はない。
経済評論家 加谷珪一