2018年06月08日 の 週刊朝日 に下記の記事がありました。なかなか、面白い。
社外取締役が新たな天下り先に 東証1部企業だけで官僚・日銀OB480人
「社外取締役」をご存じだろうか。企業の経営改革のためだとして、政府が導入を促している。月1回程度の取締役会に参加すれば、1千万円近い年収が期待できる“おいしい仕事”だ。この社外取に多くの官僚OBが就任している。4~5社兼務し多額の報酬をもらう人もいて、新たな「天下り先」になっているのだ。
企業の株主総会が集中する6月が近づいている。注目の一つは、選任される社外取締役の数だ。社外取締役は年々増えており、企業の経営でも重要な役割を担うようになっている。
朝日新聞と民間調査会社の東京商工リサーチが、2017年3月末の東証1部上場企業約2千社について分析したところ、社外取締役はのべ約5千人に上った。そのうち官公庁や日本銀行などのOBは480人いた。企業経営者や弁護士、会計士・税理士に次ぐ一大勢力だ。
そもそも社外取締役は、政府の働きかけで導入が進んできた。東京証券取引所や金融庁によって、上場企業は独立した社外取締役を2人以上置くように促されている。17年3月末では9割以上の上場企業に社外取締役がいる。内部昇格の経営トップが多い日本企業は、経営が内向きになりがちだと言われてきた。しがらみがない外部から取締役を招けば、より客観的で前向きな判断ができるとのふれ込みだった。
急速に導入しようとしたため人材は不足している。民間企業の出身者だけでは足りず、弁護士や会計士・税理士に加え、官僚OBまでが続々と就任するようになっているのだ。
官公庁のOBの内訳を見ると、霞が関の中央官庁出身者が目立つ。社外取締役だけでなく、社内のチェック機能を担う社外監査役になっている人も多い。
東証1部上場企業以外にも、大手生命保険会社といった非上場企業の役員になっている人もいる。監査役も含めると、4~5社を掛け持ちする人もざらだ。主な官僚・日銀OBの就任状況を左のページ以降の表にまとめた。
大武健一郎・元国税庁長官はドラッグストアのキリン堂HDなど3社だ。加藤治彦・同元長官もトヨタ自動車、キヤノンの2社をやりながら、証券保管振替機構の社長も兼ねる。国税庁は税務調査の権限が強く、民間企業全体に影響力を及ぼせる。民間企業からは「税のプロ」として期待されているとあるOBは明かす。
「国税庁の幹部はもちろん、税務署長などを経験したOBの税理士にも役員の声がかかる」
表で目立つのは弁護士資格がある元検事だ。例えばいずれも元検事総長の大林宏氏と但木敬一氏、原田明夫氏(故人)、樋渡利秋氏は、3~4社の社外取締役や社外監査役を兼務していた。大手法律事務所の関係者は、法令順守(コンプライアンス)が企業に強く求められるようになり、検察OBの存在感が増しているという。
「企業不祥事が相次いだこともあって、コンプライアンス専門家の需要がある。検事は先輩が再就職の世話をしてくれることもある」
司法関係では警察庁OBも複数いる。東宮侍従長や警視庁副総監を歴任した末綱隆氏は、丸紅や京浜急行電鉄など5社を兼務。ともに元警視総監の井上幸彦氏と奥村万寿雄氏は、3社を兼務している。
ほかには経済産業省(旧通産省)のOBや元外交官、不祥事続きで揺れている財務省(旧大蔵省)の大物幹部らもいる。
気になるのはその恵まれた待遇だ。主な仕事は月に1~2回ほど取締役会に出席すること。ほかにも経営会議などに出ることがあるが、毎日会社に行く必要はない。官公庁や日本銀行などのOB480人の平均報酬は、1社あたり年間750万円前後になる。数社を兼務すれば合計数千万円に達する。取締役会が月に1回だとすると、数時間の会議に出るだけで60万円ほどもらえることになり、サラリーマンからするとうらやましい限りだ。
企業によっては1社で2千万~3千万円の報酬を出すところもある。望月晴文・元経産省次官が社外取締役の日立製作所では、開示されている金額から推計すると、1人あたり約3千万円を支払っているとみられる。望月氏は伊藤忠商事の役員でもあり、総額約4千万円をもらっているようだ。
高い報酬を出しても民間企業が官僚OBを求めるのには訳がある。官公庁は様々な法律や規制を通じて、企業を監視・監督している。企業にとって取り締まる側にいた官僚OBの経験や知識は役に立つ。官公庁に勤める後輩たちなどの人脈も魅力的だ。
官僚OBを社外取締役として複数招いている企業もある。中には、社外取締役の全員が官僚OBというところも。大手商社の伊藤忠商事は、4人の社外取締役が元経産省次官の望月氏、村木厚子・元厚労省次官、藤崎一郎・元駐米大使、川北力・元国税庁長官という“大物OB”だ。
主要官庁のOBともなれば、元の役所はもちろん海外の政府要人らとのネットワークも築いている。「役所と交渉する際のパイプ役としても必要な人材」(大手商社の関係者)との見方もある。
伊藤忠は取材に対し、「出身は関係ない。人格や見識などに優れた人にお願いしている」と回答した。
官僚OBが公務員としての経験や知識を、民間企業で発揮すること自体は悪くはない。企業の内部管理体制を「外部の目」で評価し、不祥事を防ぐ役割も期待されている。
ただ、中には社外取締役に就いた企業で、不祥事が発覚したケースもある。外部の目として機能していたのかどうか、株主らが疑問に感じるかもしれない。■元経産省次官が神戸製鋼役員に
品質データ改ざん問題を受けて社長が引責辞任した神戸製鋼所には、北畑隆生・元経産省次官がいる。兵庫県出身で次官時代に、歯にきぬ着せぬ発言で「暴れん坊次官」の異名をとった。08年には短期売買を繰り返すデイトレーダーについて、「最も堕落した株主の典型」などと発言し、物議を醸した。
その物おじしない発言力を経営チェックにも生かせれば良かったが、改ざん問題は防げなかった。北畑氏は「社外取締役として厳しい指摘をしている」とメールで回答があった。
神鋼の品質データ改ざん問題を巡っては、東京地検特捜部と警視庁が合同で捜査を始めた。今後刑事事件に発展する可能性もあり、役員らの責任が改めて問われそうだ。
ほかにも不祥事の例としては、15年に不正会計問題が発覚した東芝がある。社外取締役が企業統治(ガバナンス)の中心となる指名委員会等設置会社にいち早く移行し、「企業統治の優等生」のはずだった。ところが実際は、不正会計が繰り返されていた。
東芝の社外取締役には、元大使クラスの外務省OBが2人いた。取締役会や執行部門を監督する監査委員会に所属していたが、組織ぐるみの不正会計を見抜けなかった。
「財務・経理に関して十分な知見を有している者はいなかった」
東芝の不正会計問題を調べた第三者委員会が15年7月に出した報告書では、監査委員会の社外取締役の問題点をこう指摘している。
東芝の社内からも「会計の世界と縁遠い元外交官が監査委員を務めたのがそもそもの間違い」(幹部)という声がある。
外務省OB2人は、不正会計問題の発覚後に退任した。そのうち、駐インドや駐中国大使だった谷野作太郎氏は、自動車メーカーのスズキの社外取締役をいまも務める。
16、17年のスズキの株主総会では、社外取締役には選ばれたものの、多くの反対票が集まった。機関投資家に議決権行使について助言する米ISSが、「会計不祥事を起こした東芝の監査委員だった」ことなどを理由に、反対票を投じるよう促したためだ。今後は不祥事があった企業の社外取締役が、他の会社で選ばれなくなることもあり得る。
官僚OBが社外取締役になるのは、「天下り」の一環とも指摘されている。文部科学省で組織ぐるみの天下りあっせんが発覚したことでもわかるように、退職後の仕事の確保は中央官庁にとって重要なことだ。
天下り先では、公益法人や政府系金融機関などがよく知られている。民間企業でも顧問などとして、表に出ない形で受け入れているところもある。
文部科学省のあっせん問題では、大手生命保険に「週1日1千万円」の顧問ポスト枠があることがばれた。こうしたおいしい天下りポストは表面化していないだけで、たくさんあるのが実態だ。
上場企業の社外取締役は人事が公表され、株主の承認も必要なため、従来の天下りには当たらないとの指摘もある。だが、一般人から見ると、官僚OBが何社も社外取締役を兼務し高額の報酬をもらうのは、天下りにほかならない。
東京商工リサーチ常務の友田信男・情報本部長はこう指摘する。
「社外取締役を1社2人と決めたことで、形だけ整えている企業は多い。何もしない人にとって良い天下り先と言えるだろう。制度が始まって数年たったこともあり、どういう効果があったかを客観的に示す工夫をしてはどうだろうか」
企業統治の専門家は、社外取締役の重要性を指摘する。NPO「日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク」の理事長で作家の牛島信弁護士は、社外取締役は辞表をいつでも用意しておくぐらいの心構えが求められるという。
「社外取締役は社内に常駐しておらず内情に精通するには限界があるため、不正を見つけるのは簡単ではない。だからこそ不正があった場合、自分の提言が受け入れられなければ抗議の意味を込めて、辞表をたたきつけて辞める覚悟が必要だ」
現実はどうだろうか。不正に辞職覚悟で抵抗したという官僚OBの話は、ほとんど聞こえてこない。むしろ、取締役としてはあまり発言せず、不正があっても見抜けなかったという事例が目立つ。
今回の取材で複数の官僚OBに話を聞いたが、「取締役としての責務は果たしている」と言いつつ、報酬や仕事内容についての説明は避けようとしていた。天下り批判にも正面から反論せず、「できるだけ目立ちたくない」(財務省OB)のが本音のようだ。
いまのままでは、新たな「天下り先」になっていると言われても、仕方ないのかもしれない。
(朝日新聞記者・座小田英史、朝日新聞編集委員・堀篭俊材)■元特捜部長、事故で社外取辞任
「店舗が全壊したのに本人は一度も顔を見せません」
こう話すのは東京都港区の老舗金物屋「佐藤栄次郎商店」の代表、佐藤伸弘さん。今年2月18日早朝、暴走した高級車が店舗に猛スピードで突っ込んだ。
運転していたのは、元検事で東京地検特捜部長などを歴任した石川達紘弁護士(79)だった。石川氏は若い女性とゴルフに行く途中だった。事故直後には、ゴルフバッグを持って立ち尽くす女性がいたという。
事故では歩いていた30代男性が巻き込まれ亡くなった。警視庁は石川氏が運転操作を誤った可能性があるとみて、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死)の疑いで調べている。
4月中旬、石川氏から佐藤さんに送られた手紙にはこう書かれていた。
〈本来、お詫びに参上すべきところ、その勇気もなく、右足骨折で歩行困難の故もあって書状にてお詫び申し上げる次第です〉
佐藤さんは「被害者の感情をどう思っているのか」と憤る。
事故は複数の大手企業にも衝撃を与えた。石川氏が社外取締役や顧問に就いていたからだ。食品大手の林兼産業では社外取締役、大手ホテルチェーンの東横インでは取締役会長。中堅ゼネコンの東鉄工業では社外監査役だった。
石川氏は中央大学法学部を卒業し検事に。東京地検特捜部長の後の最高検検事のときには、金丸信・元自民党副総裁の脱税事件などの捜査に関わった。名古屋高検検事長などを歴任し、知人は「まじめで温厚な人柄」と評価する。
事故前には、東京・銀座のクラブなどでしばしば目撃されていた。社外取締役などの役員報酬は、合計数千万円は下らないとみられている。
生活は大きく変わりそうだ。東鉄工業は3月8日、監査役の辞任を発表した。理由は「一身上の都合」。林兼産業でも6月25日の株主総会をもって社外取締役を退く。東横インでも辞表が出されたという。
石川氏は取材に「企業イメージに影響するので役職はすべて降りた。事故についてはご遺族、被害者の方に本当に申し訳なく思っている。事故の検証が終われば、直接謝罪にうかがいたい」と語った。
(朝日新聞記者・松田史朗)