2019年07月05日 週刊 週刊朝日
投入した税金4千億円超! 「日の丸液晶」の崩壊
私たちの税金を4千億円超もつぎ込んだ企業が、存亡の危機に立っている。政府の主導で7年前にできた液晶パネル大手「ジャパンディスプレイ」(JDI)。「日の丸液晶」メーカーとして期待されたが、5年連続の赤字で資金繰りが厳しい。中国・台湾企業に“身売り”をいったん決めたが、技術流出の恐れもある。それでも政府は失敗を認めようとはしない。
ジャパンディスプレイと聞いてもピンと来ない人も多いだろう。スマートフォンに使われる液晶パネルなどをつくっていて、国内外の大手電機メーカーに納入している。知名度がいまいちなのは、一般の消費者向けではなく企業向けに部品をつくっているから。米アップルの「iPhone(アイフォーン)」の画面も手がけていて、実は日本を代表する電子部品メーカーの一つだ。
日立製作所、ソニー、東芝の液晶パネル事業を統合して、2012年に発足した。各社の技術を結集した日の丸液晶メーカーとして期待され、官製ファンドの産業革新機構(現INCJ)も大規模な資金を投入した。
だが、韓国や台湾などのメーカーとの価格競争に敗れ、経営は大変苦しい。JDIの19年3月期決算は純損益が1094億円の赤字。赤字は5年連続で、借金が資産総額を上回る「債務超過」の寸前だ。このままでは資金繰りに行き詰まる恐れも指摘されている。
JDIは、従業員の削減や工場の閉鎖・操業停止といった大幅なリストラ策を発表している。ピーク時には約1万7千人いた従業員数は、今年9月末にはほぼ半分の約9千人まで減る見通しだ。
民間企業が国際競争に敗れ、市場から姿を消すのは珍しいことではない。問題は、民間企業を救うために私たちの税金がつぎ込まれ、回収できない可能性が高まっていることだ。
左ページの図を見てほしい。経済産業省が出資する官製ファンドの現INCJを通じて投入された資金は、累計で4220億円。うち1874億円は戻ってきたが、まだ2千億円以上は残っている。
私たちの血税が無駄になったことがはっきりすれば、政治問題になるのは避けられない。参院選を前に経営破綻することがないように、経産省やINCJは必死で経営支援をしている。
JDIは単独での生き残りは難しいと判断。中国と台湾の企業連合に最大800億円の資金を出してもらうかわりに、事実上身売りすることを4月に発表した。国産技術を守るために日の丸液晶メーカーを立ち上げたはずなのに、技術流出の恐れが高まっている。その身売りについても、一部の相手に逃げられ、実現できるか不透明だ。
経産省の関係者はこう開き直る。
「これからのスマホに使われる有機ELパネルの開発では、韓国勢に大きくリードされてしまった。液晶についても、中国勢がJDIと大差ないほどの技術力を身につけてきています。ビジネス的な意味では、技術流出を防がなければいけないという状況ではもはやありません」
税金を投入したのは高い技術力が前提だったはず。それが崩れるのなら、もはや税金で支援する意味はない。
こんな状況に至った責任はどこにあるのか。
電機業界に詳しい早稲田大学大学院経営管理研究科の長内厚教授は、歴代経営陣のマネジメント能力に疑問を呈する。
「JDIには優れた液晶技術があり、有能な人材を持つ会社でした。ところが、現INCJが送り込んだ歴代経営陣が、それを生かす能力がなかった。液晶ビジネスをきちんとわかっている人をトップにしてこなかったんです。歴代トップは、電池の専門家らが就任しており、液晶事業を行う会社としては謎の人事でした。そのため、優秀なマネジャーやエンジニアが失望してJDIを去りました」
長内氏は、JDIが液晶から次世代の有機ELにシフトしようとしたことも失敗だったと指摘する。
「日本が育ててきた液晶技術を自ら手放して“流行り物”に乗ろうとしても韓国企業には生産規模でかないません。液晶技術は低価格なスマホや、自動車向けに活用できます。アジアやインド、アフリカなどの市場でまだまだ必要です。だからこそ、中国・台湾の企業連合はJDIに目を付けたのでしょう」■宙に浮く支援策、深刻な経営危機
頼みの綱だった中国・台湾の企業連合からの資金支援は、宙に浮いている。JDIによると、台湾企業のうち1社は支援を見送り、中国企業からも正式な支援決定の連絡はない。JDIは新たに香港の投資ファンドから支援を受けられるというが、先行きは不透明だ。経営危機は深刻になっており、支援先が早く決まらないと会社の存続が難しくなる。
税金を投入した側の責任も問われる。
官製ファンドの産業革新機構を引き継ぐ形で昨年9月にできたのがINCJだ。INCJの全株式を保有するのが、産業革新投資機構という体制になっている(上の図参照)。
INCJの代表取締役の固定給は事務次官級の年約2300万円。成功報酬は最大で年7千万円にも上る。投資に失敗して国民負担が発生しても、高額報酬が支払われるのでは国民は納得しにくい。
産業革新投資機構の社外取締役には、コンサルティング会社「経営共創基盤」の冨山和彦・代表取締役が一時就いていた。冨山氏はかつて産業再生機構で代表取締役専務を務めた人物だ。INCJの社外取締役には、冨山氏と同じく経営共創基盤の代表取締役である村岡隆史氏が就いている。
JDIは経営共創基盤にコンサルティング業務を発注しているとされるが、「個別企業との取引に関してはコメントを差し控える」(JDI広報部)として、契約金額などは公表していない。官製ファンドの経営陣が、投資先の企業から業務を受注しているのは「利益相反」の可能性もあると指摘されている。
INCJは取材に対し、こう弁明する。
「INCJの投資先などの内容を決める委員会で、JDIに関する議論をする場合、村岡隆史氏は利益相反を避けるために退室しています」
経営共創基盤も取材にこう回答している。
「利益相反を含むコンプライアンス問題については、一般論として、適正手続きを通じたしかるべきチェックと対応が行われています」
利益相反の問題は起きないというが、JDIが経営共創基盤側にいくら支払ったのか、コンサルティング業務の効果はあったのかなどは不透明だ。JDIは税金が投入されている企業だけに、一般企業よりも説明責任が問われる。■無責任体制でのゾンビ企業救済
企業統治などが専門の青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科の町田祥弘教授はこう語る。
「そもそも金融機関以外の一般企業に公的資金を注入するのが問題です。どの産業が重要で、どのベンチャーが有望かなんて、国が判断することではないからです。政府が経営できたり、将来の見通しを管理できたりするのであれば、社会主義国も失敗はしなかったでしょう。かつての産業再生機構は経営が悪化した会社の債務を整理して、きれいにしたら手放していました。ところがINCJは株を所有し、長期間にわたって経営のテコ入れに関わっている。ゾンビ企業の“救済機関”になってしまっています」
やはり「親方日の丸」の無責任体制では、世界競争には勝てるはずもない。
JDIはこれからどうなるのか。国やINCJは、参院選前に国民の批判を浴びないために、問題先送りを狙っているようだ。JDIの関係者も、「当面の資金繰りはなんとかなる」としている。
ただ、単独での生き残りはできず、このまま時間稼ぎをしてもいずれ行き詰まるのは確実だ。
「債務を整理した上で、会社ごと、あるいは事業ごとに入札で売却先を決めるのがいいと思っています。売却先は国内勢であるべきだとか、日本に工場を維持するべきだといった条件を付けたいのであれば、付ければいい。でも、そうした条件では、応札してくれる企業やファンドは現れないかもしれません。その場合には、一つずつ、優先順位の低い順に条件を外していく。最後は“投げ売り”になるかもしれませんが、資金力があり有能な経営者を擁する海外企業もあります」(町田氏)
帝国データバンクによると、JDIの下請け先は国内に約2600社もあるという。関係する企業の総従業員数は約15万人にも上る。JDIの経営の先行きは1社だけの問題にとどまらない。多くの中小企業にも大きな影響を与える。
6月18日の株主総会では経営陣が株主に、「まことに申し訳ない」と謝罪した。月崎義幸社長は9月末の引責辞任を表明している。
これに対し、INCJや経産省は失敗をきちんと認めていない。安倍晋三首相や世耕弘成経産相ら政治家も、明確な謝罪はしていない。
私たちの税金はきちんと戻ってくるのか。焦げ付いたときは誰が責任を取るのか。政府は参院選を前に口を閉ざしたままだ。
(本誌・亀井洋志)【写真説明】
業績の悪化を受け、リストラ策などを発表するジャパンディスプレイの月崎義幸社長(左)ら
ジャパンディスプレイが開発した曲がる液晶パネルを使った試作品
ジャパンディスプレイ白山工場。販売不振で7月から生産が止まる=石川県白山市
経済産業省の庁舎(左)。政府は官製ファンドを通じた投資の失敗は認めていない/官製ファンドであるINCJのホームページ(上)
【図】
JDIには巨額の資金が官製フ