ウチの固定資産税は高すぎるのではないか――。今年は3年に1度の同税の評価替えの年で、新たな税額を知った土地や家屋の所有者にはそんな不満を持つ人も多い。実際、実勢価格とかけ離れた高い評価額に基づいて計算されていることも珍しくないという。コロナ禍で移住を目的とする地方の不動産取引が活発化し、その「乖離(かいり)」が浮き彫りになる例も出てきた。
長野県安曇野市の北アルプスを望む別荘地に住む高橋博志さん(57)、奈津美さん(54)夫妻は6月、同市の「固定資産評価審査委員会」に自宅の土地の評価が高すぎるとして審査を申し立てた。
2008年に買った約460平方メートルの宅地は今年の評価替えで、1平方メートル5933円(計約273万円)の評価額とされた。固定資産税の額は、ここに自分たちで建てたログハウスや18年に買った隣地を合わせて計約8万6千円だ。
固定資産税の評価額は、状況が似たエリアの中にある「標準宅地」の評価額(1平方メートルあたり7千円、前回18年と同じ額)から算出したもの。標準宅地が県道近くにあるのに対し、高橋さんの土地は1960年代に開発された未舗装で、下水道もない別荘地の奥にあるために割り引かれている。
この標準宅地の評価額は市が委託した不動産鑑定士が決めるが、高橋さんが情報公開請求で入手した前回18年の「鑑定評価書」は3件の売買事例からの比較で算出しており、その平均額は1平方メートルあたり約1万3千円だった。こうした実勢価格よりもやや低い公的地価である「公示地価」の7割を目安として、実際の固定資産税評価額が算出されている。 しかし、以前から税額に不満があった夫妻はここ数年、インターネットなどで周辺不動産の売り出し価格を調べてきた。最近になって「標準宅地」の近くで昨年以降、3件の売買事例があったことを発見した。確認できた売り出し価格は1平方メートルあたり約3800~5千円で、その平均は約4200円だ。鑑定評価書が採用した事例の3分の1で、高橋さんは「ちゃんと計算すれば、我々の宅地の固定資産税評価も約3分の1の1888円のはずだ」と主張する。
実勢価格と公的地価の関係
固定資産税の評価額は条件が似た「状況類似地区」ごとに「標準宅地」を設け、不動産鑑定士が鑑定評価を行う。この標準宅地の価格を基準に個別の土地の価格を決める。一般に公示地価は実勢価格を1割程度下回るとされ、固定資産税評価額はその公示地価の水準の7割程度とされている。
隣の雑木林が1平方メートルあたり3721円(約232万円)と評価されていることも同様に「過大だ」と争っている。一方、安曇野市は「不動産鑑定士による評価額を基準に、国の基準にもとづいて今回も適正に評価した」と反論。高橋夫妻が挙げた売買事例については「当事者の特殊事情や特別な利害関係などが影響を与えることが多く、適正な価格を反映するものとは言えない」などと指摘している。
しかし、高橋夫妻の代理人を務める前青山学院大学長の三木義一弁護士は「本来、実勢価格よりも低いはずの標準宅地の評価が周辺の売買価格を大きく上回っているのは問題がある。周辺の不動産への過大な課税につながっている」と指摘する。
10年経っても売れない土地の値段は?
埼玉県越生町の越生駅は東武鉄道で東京・池袋まで1時間余りのところにある。駅から歩いて十数分、山を切り開いて1970年代に分譲された団地に土地を所有していた東京都の男性(51)も昨年、固定資産税の評価をめぐって町と対立した。
町は約150平方メートルのこの土地を約300万円と評価。固定資産税は年約3万円だ。この土地を2010年に父から相続した男性は、その翌年から不動産会社に売却を依頼したがなかなか売れなかった。
最初は470万円から始め、更地のほうが売れやすいというアドバイスで古家を解体したうえで12年には400万円に値下げした。男性は「実勢より低いはずの固定資産税評価が300万円なら問題ないと思った」と話す。
しかし、14年に350万円に下げ、18年には100万円と不動産会社を変えながら値下げを繰り返しても、売れなかった。19年末には10万円にまで下げ、売れたら全額の10万円を不動産会社への成功報酬として支払う契約をした。固定資産税以外にも年2回の草刈りに計10万円かかり、保有したままでは金が出て行くだけだからだ。
それでも売れず、昨年4月に町に寄付を申し込んだが断られた。「300万円の価値がある土地のはずでは?」。町の対応に不満を持った男性は、固定資産評価審査委員会に「評価額が不当に高い」と申し立てをした。
町は「国の定める基準に基づき、売買実例をもとに算定した正常売買価格を基礎として求めます」などと主張したが、男性は「10年間売る努力を重ね、10万円まで値引きしても売れなかった土地。300万円の評価には30倍以上の乖離(かいり)がある」と反論した。しかし、同委員会は「国の固定資産評価基準に従ってなされた評価は適正」などと男性の申し立てを退ける決定をした。
男性は、3年に1度の評価替えにあたる今年も申し立てを考えていた。ところが、タダで物件を譲りたい人が登録できる「みんなの0(ゼロ)円物件」というサイトに6月に登録すると、すぐに30人近い人から引き合いがあり、その1人に譲ることになった。サイトを運営する札幌市のコンサルタント、中村領さんは「無償なので、とりあえずもらって、小屋を建てたり、キャンプで使ったりすることを考える人がいる。これまでに約250件の登録があり、8割は引き受け手がみつかった」と話す。
実は、越生町が運営する「空き家バンク」も、コロナ禍で引き合いが増え、20年度は前年度の倍以上の11件の成約があったという。今年も問い合わせは多いが、供給が追いつかない状態だという。ただし、その価格は、物件の固定資産税評価額を下回ることが珍しくない。
たとえば、越生駅から車で10分ほどの165平方メートルの土地は今年2月に売れ、現地では家を建てていた。町によると、もともと固定資産税評価額に近い180万円で売り出されたが、100万円に値引きされて買い手がついたという。町の担当者は「売り主の都合で売り急ぐと価格は下がる」と説明している。
大きな乖離はなぜ生じるか
固定資産税と実勢価格の大きな乖離はなぜ生じるのか。不動産の鑑定評価に詳しい清水千弘・東京大学空間情報科学センター特任教授は「人口減少が進み地価も下落する地域は取引事例も少ないため、不動産鑑定士の評価と実勢価格には誤差が生じることもある」とする。ただ、「乖離がやむを得ない場合もあるが、固定資産税収を維持したい市町村の意向が鑑定士の評価に働いていると疑われるような場合もあり、注意が必要だ」という。
固定資産税は市町村の自主財源の4割以上を占める基幹税。不動産鑑定士は東京などの都市部では民間の仕事も多いが、地方では公的な土地の鑑定に大きく依存しているのが実態だという。固定資産税の評価額の鑑定には「税収を得る自治体から独立した『不動産評価庁』のような利害関係のない組織が必要ではないか」と指摘している。(松浦新)