デンマークが軽減税率を入れない理由
***************(以下は7月19日)**************
「脱炭素」税制、デンマークの苦悶=倉地真太郎
2019.07.23 エコノミスト 2頁 第97巻 第29号 通巻4610号 66~67頁
内閣府が2016年に実施した「地球温暖化対策に関する世論調査」によれば、環境問題に関心があると回答した割合は87・2%であり、前回07年調査の92・3%よりも若干低下した。今後、環境に対する人々の関心を集めながら、「脱炭素社会」を実現するには、どのような戦略が求められるのだろうか。
筆者が専門とする北欧諸国は、環境先進国として、環境税の一つ・炭素税を世界でいち早く導入した国々であった。世界で初めてフィンランドが1990年に導入してから、91年ノルウェー、スウェーデン、92年デンマーク、と導入が相次いだ。
特にデンマークは、90年代に度々実施した税制改革で、さまざまな環境税の導入・増税を盛り込み、環境税収の割合が国際的に見ても高いのが特徴的である。デンマークで環境税が積極的に導入されたのには二つの背景がある。
第一に、環境意識の高まりである。第1次石油ショックを機に代替エネルギーの普及を推し進める環境運動が活発になった。90年代当時、デンマークでは他の税と比べて環境税に対する支持が高く、94年の世論調査でも約83%の回答者が「もし税金が環境の改善に向かうのであれば、より多くの税金を支払ってもよい」と回答している。この傾向は特に若者の間で強く、環境教育の成果がうかがえる。
第二に、新たな財源確保の必要性である。90年代初頭、デンマーク経済は10%を超える失業率に直面しており、政府は労働供給の増加を狙いとして所得税の最高税率を引き下げる改革を繰り返した。しかし、福祉水準を維持するために、所得税減税の代替財源が必要であった。その矛先となったのが使途を定めない一般税としての環境税、つまり環境に負荷をかけるエネルギー消費に対する課税であった。環境税は、石炭、石油、ガスなどのエネルギー消費(炭素税)や廃棄物(包装物税)に対して、あるいは環境に負荷がかかる製品の使用・販売(フロン税など)に対して法人・個人双方に課された。このような、既存の税制を環境税制に組み替えて税収の規模を維持することを、「税制のグリーン化」という。税制の組み替えは、環境税による環境改善効果と既存税制の税率引き下げによる経済効果(例えば所得税率の引き下げによる労働供給増加など)という二つのメリットがあることから、「二重の配当」が見込めるといわれていた。
実際、デンマークでは労働市場政策改革の好影響もあって、90年代中ごろになると失業率は5%まで半減した。当時の温室効果ガスの削減目標達成の見通しは不透明だったが、環境税による温室効果ガスの削減効果は一定程度みられたと評価されていた。◇低所得ほど高負担率
ところが、2000年代初頭になると状況が変わってくる。ITバブル崩壊を機に経済成長率が低下し、社会民主党政権への批判が強まり、環境税に対する支持が薄れていく。
実は、炭素税などのエネルギーに対する課税は、低中所得者に負担が相対的に偏ってしまうという問題があった。石油やガスなど生活に必要なエネルギー消費への支出が所得全体に占める割合は、低所得であるほど高くなるという逆進性があるのだ。90年代の度重なる環境税増税の結果、この逆進性が影響して低中所得者層の負担が過大になってしまった。環境税の増税は所得税の最高税率の引き下げとセットで実施されたので、高所得者の負担は減る一方で低中所得者の負担が増えてしまったのである。さらにデンマークは他の北欧諸国同様、海外との資本の移動を自由化しているものの、資本の移動の影響が世界に及ぶほどではない「小国開放経済」である。政府は、国内産業を小国開放経済に適応させるべく、輸出企業の国際競争力をつけるため、あるいは、海外から資本を呼び込むために、法人への税負担を抑える傾向があった。多くの炭素を排出する法人には負担の軽減措置を導入し、家計に対する負担が偏っていた。10年以降は税率を一本化している。
そこで野党である右派中道政党グループは00年代初頭から選挙公約で、環境税を含む多くの税の実質的増税を禁止、あるいはインフレに伴う負担増の制限を行うルール、いわゆるタックス・フリーズ政策を掲げて、国政選挙に勝利する。このような背景から右派中道政権は、環境税の増税をストップし、00年代の環境税収は90年代と比較して伸び悩むことになった。温室効果ガスの削減政策は排出権取引などによって代替されていくようになる。◇増税余地少なく
デンマークは低中所得者の負担増に対してどう対応したのか。その答えは、グリーン・チェックと呼ばれる低中所得者層を対象とした税額控除制度の導入であった。10年代になると、再び社会民主党が政権を握るようになるが、そこで実施された環境税引き上げに対して、低中所得者や子育て世帯の税額控除額を引き上げることで環境税の逆進性という問題をクリアしようとした。グリーン・チェックの導入によって多くの税収が失われるため、税収の穴埋めが必要になる。しかし、皮肉にも税収を確保するために環境税を増税すること自体が困難になってきている。
19年6月の国政選挙でも、環境問題と税負担のあり方が争点となった。隣国のスウェーデン人環境保護活動家が気候変動の危機を訴え、デンマークの若者の関心を集めた。デンマーク国内でも選挙前の時期に国内でデモが活発に行われた。選挙では気候変動問題と高所得者の租税回避への対策を掲げる社会民主党ら中道左派陣営が勝利し、4年ぶりに政権交代を果たした。対して、気候変動問題に懐疑的な極右政党のデンマーク国民党は大敗を喫した。
翻って日本では、パリ協定の下、政府は今世紀後半のできるだけ早い時期に「脱炭素社会」を実現するための長期戦略を閣議決定した。環境税については12年に地球温暖化対策税が実施されたが、依然として税率や税収額は他国と比べて小さい。創設が決定した国税版森林環境税も負担の根拠や森林保全の交付が森林地域外に振られていることへの批判もある。環境目的であれば納税者の理解は得やすいかもしれない。だが、環境意識の向上への取り組みや負担や配分の合意を怠れば、長期的に反発が起こる。何のための環境税なのか、再び見直す必要がある。
(倉地真太郎・明治大学政治経済学部専任講師)
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■人物略歴
◇くらち・しんたろう
1989年神奈川県生まれ。2011年慶応義塾大学経済学部卒業、16年慶応義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。修士(経済学)。慶応義塾大学経済学部助教、後藤・安田記念東京都市研究所研究員を経て19年から現職。専門は財政学。
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***************(以下は6月30日)****************
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********(以下は6月10日)****************
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〔学者が斬る・視点争点〕デンマークの重い税負担から学ぶ=倉地真太郎
2019.04.23 エコノミスト第97巻 第17号 通巻4598号 56~57頁
今年10月に消費税率の8%から10%への引き上げが控えている。消費税引き上げに対して家計や景気全体への影響を懸念する声も少なくない。しかし、日本の消費税率は他の欧州諸国と比較して高い水準ではない。そして、日本のように税負担がそれほど重くないのに反発が強い国もあれば、北欧諸国のように税負担が重いにもかかわらず、それほど抵抗感が強くない国もあり、グローバル化が進む昨今においても各国の税制は多様である。なぜこのような違いが出るのか。今回は経済協力開発機構(OECD)諸国で最も租税負担が重いとされるデンマーク税制が、どのような歴史を経たのかを見ることで、この問いについて検討をしたい。
◇特例措置は皆無
デンマークでは、日本の消費税に相当する付加価値税(物品・サービスに対する間接税の一つ)が1967年に導入された。フランス・旧西ドイツ(68年)、スウェーデン(69年)に先駆けての導入であった。税率は当初は10%前後だったのが、90年代初頭には25%まで引き上げられ、現在に至っている。さらに付加価値税は新聞を除いてほとんど軽減税率が設けられていない。低所得者層は、所得に占める生活必需品の割合が高所得者層に比べて相対的に高い。つまり、付加価値税は逆進性の問題を内包しているのだが、軽減税率がほとんどないことがこの問題を顕在化させている。同国では、所得税もOECD諸国で最も重い部類に入り、控除措置も少ない。それにもかかわらず、デンマークの納税者の租税負担に対する受容度は、他国に比べて高いと言われる。
しかしながら、このようなデンマーク税制の特徴は近年形成されたものである。デンマークは70年代初頭に大規模な「納税者の反乱」を経験した国の一つでもあった。「納税者の反乱」にはさまざまなタイプがあるが、デンマークでは国政における反税政党の台頭という形で現れた。70年代初頭、弁護士のモーン・グリストロップが税法の解説番組で、後述するような不公平な税制度を「穴の開いたゴムチューブ」「支払った1クローナが国を滅ぼす」と痛烈に批判し、大きな話題を呼んだ。その後、彼は「所得税廃止」を掲げ、72年に反税政党・進歩党を立ち上げた。73年12月国政選挙では、突如第2政党にまで躍進した。
なぜ進歩党はこれほどまでに大勝したのか。当時の所得税制は、労働所得(賃金など)と資本所得(利子や株式譲渡益など)を包括的に累進課税する「包括的所得税」が建前であった。しかし、このうち資本所得には複雑な控除ルールが設けられていた。国民からは、高所得者がこの控除ルールを駆使して租税回避を行い、実態としてほとんど所得税を支払っておらず不公平である、との批判が寄せられた。
付加価値税に関しても食料品に軽減税率を適用することを要求するデモが国内で行われた。当時の世論調査によれば、納税者の約90%が「政治家は税金を無駄遣いしている」と回答するなど、既存政党や制度全般に対する強い不信感が蔓延(まんえん)していた。進歩党は、反エリート主義、公務員に対する反発、高所得者の租税優遇に対する反発という声を集めることで支持を集めたと言われている。そして、国内では近年のポピュリズム(大衆迎合)政治、例えば米トランプ大統領を、進歩党党首のグリストロップと重ねる議論もあるという。
しかし、所得税は廃止されなかった。進歩党の勢いは長くは続かなかったからである。進歩党の所得税廃止案・大幅減税案は財源の見通しが甘く、議会で十分な影響力を発揮することはなかった。83年には当のグリストロップが脱税容疑で逮捕されてしまう。党首の逮捕を契機に進歩党は失墜していった。その後、租税制度の公平性の改善、透明性の高い税制度の構築が進められた。
それは、軽減税率や所得税控除などの負担軽減策ではなく、給付によって格差を是正する仕組みへの改定である。87年には、労働所得と資本所得を分離した「二元的所得税」が導入された。その上で、労働所得は累進課税にして豊富な税収を獲得し、資本所得は諸控除を大幅整理した上で比例課税とした。資本所得の課税方法は、租税回避を避けつつも、資本が海外に逃避することを防ぐことが狙いとされた。
確かに北欧諸国の所得税負担は重い。しかし実際は、米国などと比較して負担構造がより比例的で、なおかつ各種給付に対する課税ベースが広く、年金や公的扶助に対しても所得税が課されている。この意味でデンマークは、給付と負担の関係が見えやすくなっている。反税政党・進歩党の勢いがなくなった背景には、税制を以前より公平・透明な制度に改めていったことがある。◇複雑さ増す日本税制
現在、進歩党は事実上なくなったが、90年代に同党の所属議員が大量離党し、まるごと支持層を奪う形で台頭したのが、極右政党・デンマーク国民党である。デンマーク国民党は移民排外主義を掲げ、2000年代以降、国政のキャスチングボートを握り、第2政党まで躍進している。主に右派中道政権と極右政党は、(1)就労促進的税制改革、(2)タックスフリーズと呼ばれる増税凍結ルール、(3)低所得者向けの環境税増税の緩和措置を進めている。移民・難民に対する給付削減と就労インセンティブ強化、失業者の便益の削減を進めると共に、トータルな税負担がこれ以上増えないように調整している。その結果、近年では高所得者に対する税負担がそれほど高くないことが格差拡大の背景にあるという課題もある。このようにデンマーク税制は、ポピュリズム政治のダイナミズムの中で変化し続けている。
翻って日本は、消費税増税に向けてさまざまな軽減・還元措置が検討されているが、検討を重ねる度に税制の複雑性が増し、納税者の信頼をかえって損ねる可能性があるなど、課題は山積している。もっとも、税制の歴史は抵抗と妥協のプロセスであり、デンマークの税制度が優等生だというのは一面的評価でしかない。だが、デンマークが税制上の課題を解消していくプロセスには参考の余地があるだろう。
(倉地真太郎・明治大学政治経済学部専任講師)
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『デンマーク人が世界で一番幸せな10の理由』によると、あれほど高い税負担について『高すぎる』という人が20%にすぎず、66%が妥当と評価しており、なんと20%もの人が安すぎる、と評価している。税を出すことが、自分の生活上の便益(たとえば、医療費はただ)と密接につながっていることの表れですね。日本でもこの方向を目指すべきだと思うのですが、自己責任のない日本人だとただ乗りする連中が多いからダメだ、という政治家の批判を聞いたことがあります。今の仕組みの中ではそうかもしれませんが、社会と市民の意識を変えていくことが政治家の責任だろうと思います。