まるで当たったことがない
政府の経済財政諮問会議は、プライマリーバランス(PB:基礎的財政収支)の黒字化が27年度に達成できるという見通しを公表した。しかし、このシナリオは“荒唐無稽”な“絵空事”でしかない。
PBの黒字化とは、国や地方の主な収入である税収等で、国債など公債を発行しなくても、国債費を除く歳出(政策的経費)が賄えている状態を指す。PBは財政健全化の目安となる。
このPB黒字化の見通しを公表しているのが、経済財政諮問会議の「中長期の経済財政に関する試算」(以下、試算)だ。
ところがこの試算、毎回のことなのだが“トンデモ試算”で当たったことがない。それでもメディアは、この会議が威厳(?)のあるものだからか、疑うこともなく、こぞって報道している。
試算は2つのシナリオで行われている。成長実現ケースは「政府が掲げるデフレ脱却・経済再生という目標に向けて、政策効果が過去の実績も踏まえたペースで発現する姿を試算した」もの、もう一つのベースラインケースは「経済が足元の潜在成長率並みで、将来にわたって推移する姿を試算した」ものだ。
7月21日に公表された試算では、成長実現ケースで27年度にPBの黒字化が達成できるとしている。だが、この予測は過去に何度も見直されている。
目標がコロコロと…
表1:PB黒字化予測の変遷
例えば、09年1月予測ではPB黒字化時期を18年度と予測していたが、わずか5ヵ月後の09年6月予測では23年度と5年も先送りされた。同様に19年7月の予測では黒字化は27年度だったが、1年後の20年7月には29年度に先送りされた。
これは新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けたことを考慮したものだったが、ところが今回の21年7月の予測では、再び27年度に前倒しされている。(表1)
もちろん、経済状況により左右されるものだから見直されるのは致し方のないことかもしれないが、それにしても、あまりに“ご都合主義”で決められている感が強い。
この“大甘”のPB黒字化のシナリオの前提となっているのが、実質GDP成長率や税収などの中長期的な予測だ。
20年度の経済成長率(実質GDP成長率)は、新型コロナウイルス感染症の影響から4.6%のマイナスという厳しいものとなった。
だが、21年度は「新たな成長の原動力となるグリーン、デジタル、地方活性化、子ども・子育てを実現する投資の促進やその基盤づくりを進め、潜在成長率が着実に上昇する」ことで3.7%の成長を示すと予測している。
たしかに20年度の大きな落ち込みの反動で、21年度に経済成長率は回復するだろうが、3.7%の成長はいささか“眉唾物”ではないだろうか。
本当に2%以上の成長が続くのか?
新型コロナはデルタ株という変異種の感染拡大が爆発し、政府は再び緊急事態宣言を出している。21年度も新型コロナの経済に対する傷跡は大きく残るに違いない。
加えて、22年度以降の経済成長率予測は“大甘”だ。PB黒字化を達成する27年度までは2.0%以上の成長が続くと予測している。ベースラインシナリオの方がはるかに実態に近いが、それですら甘い予測だろう。(表2)
表2:実質GDP成長率の実績と予測(%)
経済成長率は新型コロナの影響のなかった18年度ですら0.2%の成長で、10年度から2%以上成長したのは、10年度の3.3%、13年度の2.7%しかない。それが試算では、2%以上の成長が続くと予測しているのだ。
この予測を支えているのが、税収の増加だ。試算では20年度45.2兆円に落ち込んだ税収は、21年度に63.0兆円(前年度比39.4%増)に回復。その後も成長実現ケースでは前年度比で、21年度6.5%、22年度5.1%、23年度5.4%、24年度4.7%と順調に増加していく予測だ。
たしかに、21年度は“予想外”の税収増だった。新型コロナ禍にあっても、21年度の税収は60.8兆円と、過去最高額だった18年度の60.4兆円を上回っている。
増収の主な要因は、19年10月に消費税率が8%から10%に引き上げられたことによる消費税の増収によるものだが、大幅に減少すると予測されていた法人税と所得税が上振れたことが増収につながった。
これは、新型コロナ禍にあっても、大企業を中心に業績を急速に回復してきたことが要因だが、むしろ中小企業や個人事業主は経営難に陥っているところが多い。
つまり22年度以降の順調な税収増は大企業の業績にかかっていることになる。前述のように経済成長率予測が大甘なものだとすれば、それはかなり無謀な予測だろう
政府にとって都合がいい
そして、PBが順調に回復し、成長実現ケースでは27年度に黒字化を達成するというのは“荒唐無稽”なものといえる。
PB黒字化達成時期は当初、安倍晋三首相は20年度を国際公約としてきたが、それを安倍首相自らが25年度に先送りした。その後は、25年度目標を掲げ続けているものの、試算では何度も先送りされている。
そうかと思えば、前述したように新型コロナの感染拡大が続いているにもかかわらず、今年1月の試算では29年度と予測していたが、今回は27年度に2年前倒しされたりする。
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実は、政府にとって財政健全化を進めているという姿勢を示す意味では、PB黒字化は便利な言葉だ。
なにしろ、財政健全化の大命題である赤字国債など公債問題を棚上げにし、税収等による歳入と国債費を除いた歳出のみの黒字化を目標にしているのだから。
PBは黒字化しても、赤字国債など公債発行残高が減少するわけではない。新型コロナ対策で20年〜21年度にわたり計3回の補正予算が組まれ、約77兆円の財政支出が行われ、日本の財政はさらに悪化した。公債等残高は20年度末で1122兆円に膨れ上がっている。
目標は達成するためにたてるものだ。政府は、日本の財政を立て直すために、本質的な問題をあぶり出し、現実的なシナリオを描き、対策を講じていくことが重要なのではないだろうか。
次回は、財政健全化について、わかりやすく取り上げたいと思う