〔書評〕『平成の経済』 評者・後藤康雄
2019.06.25 エコノミスト 2頁 第97巻 第25号 通巻4606号 52~53頁
◇著者 小峰隆夫(大正大学教授) 日本経済新聞出版社 1800円
◇前例なき混乱期の30年を各種要素別に精密に解説
半世紀にわたり日本経済に向き合い続けてきた重鎮エコノミストが、平成期の全貌をつづった日本経済論である。著者も述べている通り、連続的に変化する経済と、年号に直接の関係はない。しかし、平成への改元はくしくもバブル絶頂期のタイミングに当たり、経済の分水嶺(ぶんすいれい)であった。その後の平成は、わが国が見習える前例に乏しい課題に翻弄(ほんろう)され続ける歴史であった。
本書の描く平成絵巻は、絢爛(けんらん)たる極彩色の中に怪しさが垣間見えるバブル末期から始まる。「平成の鬼平」率いる日本銀行への喝采は混迷の入り口に過ぎず、幕は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の図へと一転する。日本経済は崖っぷちで踏みとどまるも、構造改革への熱狂、政権交代への過剰な期待と失望、リーマン・ショックや未曽有の震災への緊急対応からアベノミクスへと、苦闘の連続で平成は終わる。
さまざまな要因が複雑にからみあう一連の過程が、熟達したエコノミストの手によって、短期と長期、偶然と必然、外生と内生といった各種要素に解きほぐされていく。特に、政治と経済の関係は、官庁エコノミストの一線で活躍してきた著者ならではの明快な整理がなされている。
例えば、2000年代の小泉政権の経済運営をどう評価するか。政策決定プロセスとして、トップダウン型の政治主導を目指した経済財政諮問会議の舞台回しと功罪に、ひとつの焦点が当てられる。現実経済への影響はといえば、政権が目指し、国民の印象に深く刻まれた「小さな政府」路線ではなく、不良債権問題に区切りをつけたことが主眼と評する、その筆致は歯切れよい。
本書の内容の大部分は、「予想を超えてうまくいった」昭和経済に対し、課題解決のお手本がなく「予想外に難しかった」平成という、過去を振り返るものである。それは本書の主題からして当然だ。しかし、著者は目線を将来にも向け、平成から学ぶ教訓をまとめている。必ずしもリアルタイムで課題を認識できない民意のもとで、民主主義のプロセスに沿った政策決定をどう行っていくか──本書を通読した読者は、その問いかけの重さを感じることだろう。
日本国民はおろか人類にとって対処の前例がない災厄を前に政府が混乱する様を描いた映画「シン・ゴジラ」は、意外にも官僚諸氏に結構な人気があると聞く。劇中で政府高官が発する「スクラップ&ビルドでこの国はのし上がってきた。今度も立ち直れる」というせりふを令和経済の入り口に立つ今、口にできるか。我々自身の覚悟と英知が問われる。
(後藤康雄・成城大学教授)