2018.08.28 エコノミスト(第96巻 第33号 通巻4564号 52~53頁 )に掲載されている書評を少し読んでみましょう。
◇著者 神野直彦(日本社会事業大学学長) 岩波書店 1800円
◇自らの生を振り返り、経済学の使命を問う
本書は日本を代表する財政学者の一人、神野直彦氏の自伝である。
氏は真理を追究する知識人と真理を切り売りしているにすぎない知的技術者の区別を強調する。けれども、こうした区別自体が実用主義一点張りの今では廃れた、古きよき時代の考えと言えよう。
第2章から第5章までは、幼少期から研究者となる前までの話である。立派な人物にしばしば見られるように、著者も母から立派な教えを授かった。それは「お金で買える物には価値がない」と「偉くなるな」である。後者は、一代で財をなした祖父が、財をなすために嫌な思いをしたことから、孫にはこうした苦労をさせたくないと考えた結果だそうである。財務省の公文書偽造など一連のスキャンダルを考えると、これも現在という時代と、自身が学び、教えた東大への批判と読めよう。
財政学者としての氏の活躍は第5章と第6章で述べられている。財政は経済システム、政治システム、社会システムの結節点にあるということが、著者の財政社会学の基本的な立場である。そのため、危機の時代には財政も危機に陥る。実際、日本の財政は危機的状況にあると長年言われている。けれども、これも原因は日本の経済や社会の中に存在する。だから、経済や社会の危機を解決することなく、財政の危機だけを解決しようとしても失敗する。
氏は政策形成過程の中にも積極的に参加した。その成果の一つが地方分権改革において機関委任事務を廃止したことである(ただし、分権改革は未完であると本書は指摘する)。地方への税源移譲は、小泉政権下の三位一体の改革にも影響を与えた。けれども、本書はこの三位一体の改革を批判する。それは税源移譲の代わりに、国庫補助金を廃止・縮減し、地方交付税を削減し、自由に使えるお金を急減させたからである。
終章では、現実が経済学の英知を受け入れないために危機が起きているとする、経済学者や政策担当者の傲慢な考え方を批判する。間違いは経済学のほうにあるという著者の主張はその通りである。例えば、現在の日銀は自ら公約した物価目標を達成できない。にもかかわらず、東大出身の日銀総裁と前副総裁は、責任を外部に押しつけて、金融政策は成果をあげたと主張する。
著者が言うように、現在は「未来を信じることができない時代」である。人間と未来を信じていた、旧時代の著者の生き方は、今の経済学と日本に何が欠けているかを示していると言えるだろう。
(服部茂幸・同志社大学教授)