〔書評〕『世界経済、最後の審判 破綻にどう備えるか』 評者・池尾和人
2019.04.23 エコノミスト 第97巻 第17号 通巻4598号 50~51頁
◇著者 木内登英(野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト) 毎日新聞出版 2000円
◇グローバル金融危機に警鐘 今後の日本の役割示唆
わが国ではリーマン・ショックと呼ばれることの多い先般のグローバル金融危機から、10年超が経過した。近年の金融危機の周期からすると、新たな金融危機が発生してもおかしくはない時期を迎えているといえる。本書は、実際そうした金融危機発生のリスクは高まっているとし、世界経済の現状に関する幅広い分析を通じて、深刻な危機の発生を回避する道を探ろうとしたものである。 まず本書では、リーマン・ショック以降、生産性上昇率、潜在成長率といった世界経済の潜在力が低下していることが指摘されている。その分だけ所得の伸び悩みがもたらされることになるが、所得が増えないのは誰かに自分たちの所得が奪われているからだという被害者意識をもたれがちである。そうした意識を受けて、格差問題に強い関心が寄せられるとともに、世界的にポピュリズムの台頭がみられるようになった。
ポピュリズム政治の下では、経済の潜在力を向上させるための構造改革よりも、目先の利益を過度に重視した財政拡張や緩和政策がとられがちである。リーマン・ショック以降は、主要国において異例の積極金融緩和が長期間にわたって実施されてきた。その結果として、金融市場とくに債券市場に大きなひずみが蓄積されるに至っているというのが、本書の現状に関する基本判断である。
とりわけわが国においては、異次元緩和が続けられ、日本銀行による大量の国債買い入れが行われたことから、国債市場の流動性が著しく低下する事態となっている。このことは、将来何らかのショックに伴って国債市場のボラティリティー(変動率)が大きく高まるリスクが生じていることを意味している。このリスクが顕在化すると、日本がグローバルな金融危機の引き金を引いてしまうという可能性さえある。
こうした日本での国債市場の流動性の深刻な低下のほかにも、米中間での貿易戦争の激化や、トランプ大統領の政策下での米国の双子(財政と経常収支)の赤字の拡大など、グローバル金融危機の引き金となりかねない問題が、いまの世界経済にはいくつも存在している。
その中で、金融危機の発生を回避するためには、日本が米中間の調整役を果たして保護貿易主義の蔓延(まんえん)を防ぐことが重要であり、国内的には金融政策の正常化と経済の潜在力の向上に資する構造改革を加速させるというポリシーミックスのリバランスを推し進めることが強く求められるとされる。世界経済の現状を考えるのに有益な好著だといえる。
(池尾和人・立正大学教授)